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小説の技法

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語りの視点

一人称

現代において採用されることが増えている。その章またはその小説内の主要人物(視点人物)の脳内または目で見たもののみ表現ができる。カメラが動かないが、その閉塞感が心理的な効果を生む。

三人称(一元視点)

基本的にその章またはその小説内の視点人物の近くにカメラを置いているイメージ。だが、一人称的な表現が可能。視点人物から過度に離れなければ、視点人物を俯瞰で見た状況の説明ができるため、やや神視点寄りに表現も可能。

脳内を説明できるし、一人称では不可能な視点人物の表情の外面の描写も可能。(※一人称だと外面は鏡に映る顔しか見えないことになるので、通常は表情の描写はできない)。しかし、特権(全知性)は一人称と変わらない。

三人称(神視点)

すべての登場人物(動物も含めてすべての生き物)の頭の中を説明できる。壮大な物語などで採用される。ミステリなどでは、犯人側の心理説明は避ける場合が大半であるので、逆説的に三人称(一元視点)が採用される傾向にある。

三人称(ハードボイルド調)

三人称一元視点の変形バージョン。一人称的表現が削がれたもの。視点人物の近くにカメラを置いているのは一元視点と変わりなく、視点人物から離れない程度での神的なカメラワークもある程度できるが、視点人物の心理は原則として一切説明されない(外部観察のみ)。

セリフの必要性

セリフによる状況の説明

結論から述べれば、視点人物以外の登場人物が直接経験していない事象の説明はセリフを介さないと、視点人物が理解するまでの手順がかなり複雑になる。

『○○氏は実は裏金を貰っているわけではなく、正当な寄付でアフリカに小学校を作っていた。私は彼のことを詐欺師呼ばわりしてしまって、大変恥ずかしいし申し訳なく思っている』

というような複雑な事情がある場合で、かつ視点人物がその場に居合わせなかった場合。視点人物が状況を理解するには、どこかから情報を仕入れる必要があり、物語上で複数の工程を踏む必要がある。そのため、地の文よりもセリフによって説明される方が読者にとってわかりやすく、納得感もある。

セリフによる情報開示

もう一つ、セリフを出す必要があるのは視点人物の知らない情報を開示したい場合。主にミステリで採用される手法。

視点は三人称(神視点)ではなく三人称(一元)もしくは一人称視点。

「黒いハイエースが、昨日の夕方から朝までずっと停まっていた」

というようなことは、神視点でない限り、視点人物(探偵や刑事)には知り得ない情報で、地の文で開示できない情報だが、物語の目的である事件解決には必要なもの。こういった場合は、視点人物以外の登場人物に話をしてもらうか、文書や写真を提示してもらったり、誰かに伝言してもらい伝聞で視点人物の耳に入れるしかない。

セリフによる開示が最も自然で、他の手法の開示よりも作家の労力が少なく済むことが多いので、新しい情報の開示は視点人物以外の登場人物に任されることが多いと思われる。

一般的な感情はセリフでの説明がなくても簡潔に伝わる

セリフが無くても、分かりやすい心の表現は地の文で賄える。

『「…」と、AがBを殴った。Bは痛みのあまり涙を流した』

小説はカット(コマ)の連続

限界動詞が出ると、カット(コマ)が動く

雨が降った雨が降り始めた。信号が赤に変わった。ビルが建った。等は限界動詞が使われている。これが使われると映画でいうところのカット(コマ)が動く。

限界動詞

  • 現象文
  • 変化文
  • 処置文の主語(受動態)

説明文

  • 状態提示
  • 存在文
  • 属性文、関係文

自意識が大きい=私小説向き

自意識が小さい(大衆、エンタメ、大河小説向き)

公的自意識…他人から自分がどう見えるか気にする

認知的共感…相手の状況を客観的に推測し、論理的に理解する

自意識が大きい(私小説、エッセイ向き)

内的自意識…自分の内面に意識が向く

情動的共感…相手の感情が自分の中になだれ込み、自分も同じ感情を体験する

精神的低年齢者の認知機能の特徴

認知の欲求(Need for Cognition)の低さと「認知的経済性」

人間は基本的に、脳の消費エネルギーを抑えようとする性質を持っています。これを認知的経済性と呼びます。

  • 登場人物の複雑な心理や、行間に隠されたテーマを読み解くには、高い認知コスト(脳のエネルギー)が必要です。
  • 一方で、どんでん返しによる驚きは、制作者側から提示される明確な答えです。道中を能動的に読み解く労力を避け、最後に与えられる分かりやすい刺激だけを受け取ろうとするのは、脳が楽をしたいという心理の表れです。

ピーク・エンドの法則(Peak-End Rule)

行動経済学者ダニエル・カーネマンが提唱した、人間の記憶に関する法則です。人はある経験を評価するとき、その途中のプロセスの長さや質ではなく、最も感情が盛り上がった瞬間(ピーク)と、その経験がどう終わったか(エンド)だけで全体の印象を決定してしまう傾向があります。

  • 読書において、最後のどんでん返しはまさにピークとエンドが同時に訪れる瞬間です。
  • この心理的傾向が強く働いている人は、途中の退屈さや丁寧な描写を記憶に残さず、最後の衝撃の大きさだけで作品の価値を測るようになります。

即時的報酬(Immediate Gratification)への依存

現代社会のコンテンツ消費環境(倍速視聴やショート動画など)も影響しています。時間をかけて文脈を味わう遅延報酬よりも、すぐに快感を得られる即時的報酬を求める脳の回路が強化されている状態です。

  • 物語のプロセスを楽しむには、不確実な状態に耐える忍耐力が必要ですが、これが不足している大人は、手っ取り早く脳内にドーパミン(快楽物質)を放出させてくれる結末の衝撃(報酬)を急いで求めてしまいます。

認知的閉鎖欲求(Need for Cognitive Closure)の強さ

曖昧な状態を嫌い、早く明確な結論や答えを得て安心したいという心理的欲求です。

  • 人物の多面性や割り切れない人間関係をそのまま受け入れるのは、認知的に落ち着かない状態が続きます。
  • どんでん返しによって、全ての謎や伏線がカチッと1つのパズルとして完成する瞬間は、この閉鎖欲求を強烈に満たしてくれます。途中のモヤモヤした描写を軽視し、早くスッキリしたいという心理が、結末への執着を生みます。

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